早期治療を実現するために、確定診断までの時間をいかにして短縮するかを考える
肺高血圧症患者さんと医師による座談会
早期治療を実現するために、確定診断までの時間をいかにして短縮するかを考える
肺⾼⾎圧症治療では、発症してから医療機関を受診するまで、そして受診から確定診断までにも時間がかかることで、治療の開始が遅れてしまうという問題があります。
今回は、NPO法人 PAHの会 理事長の村上さんの司会のもと、患者さんとご家族の代表として⼤野泰⼦さん、勇さんのご夫妻、医師代表として信州⼤学の桑原宏⼀郎先⽣にお集まりいただき、発症から受診、受診から確定診断までの期間をどのようにして縮めていくかについてお話しいただきました。
(2020年9月10日開催)
司会:
- 村上 紀子さん
NPO法人 PAHの会 理事長。20年近くにわたり患者会の運営に携わる。
パネリスト:
- 信州⼤学医学部 循環器内科学教室 教授 桑原 宏⼀郎先⽣
循環器疾患、特に⼼不全の専⾨家。 ⼼不全を来す疾患として肺⾼⾎圧症、CTEPH(慢性⾎栓塞栓性肺⾼⾎圧症)の治療に携わっている。専⾨外来を⽴ち上げ、薬物療法から外科的治療まで、CTEPHのチーム診療をリードする。 - CTEPH患者 ⼤野 泰⼦さん
CTEPHと診断されて約9年。 現在は2ヵ⽉に1回の通院治療を続けている。介護をしてきた⺟親がCTEPH発症前後に他界し、⼀⼈息⼦も独⽴して、夫と2⼈で暮らしている。
発症から受診、確定診断までの経緯
発症から受診まで
村上さん:CTEPHの患者さんは発症されてから医療機関を受診するまでにかなり時間がかかることが問題となっています。そして受診から確定診断まで、つまり治療開始までにも時間がかかってしまうことも指摘されています。数年前に患者会で行ったアンケート調査では、発症から確定診断までに平均約3年半かかっていて、その間に3施設程度の医療機関を受診しているということが分かっています。本日は、この問題について、考えられる対応策も含めて話し合っていきたいと思います。 それではまずは大野さんにCTEPHを発症された当時のことを伺います。
大野さん:お風呂に入った時に息苦しくて、戸を開けたままで入らなければならなかったのが最初の異変です。同じ頃、階段の上り下りにも息苦しさを感じました。しかし、これらの症状は1回きりで、その後しばらくはこのようなことはありませんでした。 その後、私が気付かないうちに状態は悪くなっていたようで、歩けないくらい息苦しくなるようになりました。意識を失い救急車を呼んでもらうこともあったのですが、症状はすぐによくなって病院に行く必要がないくらいに回復するということが2回ほどありました。
村上さん:どうしてそのような状態なのに受診されなかったのでしょうか?
大野さん:母の介護もあり、日々の生活に追われていて、病院に行くことが後回しになっていました。
大野さん(夫):家族としては、症状がずっと出ているわけではないということが大きかったと思います。息切れという症状について、年齢のせいじゃないか、少し太ったからじゃないかなど他の理由を考えてしまい、そのうち自然に治るのではないかと思っていました。そして、一緒に生活していても、本人の大変さについて十分に理解できていなかったのだと思います。
大野さん:最初の受診も、息苦しさのためではなかったのです。私には花粉症があり、その年もいつものアレルギーのお薬を飲み始めたのですが、何かいつもと違うのです。どうしても息苦しさが残ってしまうので、アレルギー科の先生に相談しました。結果的に症状を自覚してから受診するまで、1年程度が経っていたことになります。
大野さん:その時の診断名は喘息でした。アレルギーから喘息になったのではないかと言われました。しかし、息を吐き出す検査では結果はよいのです。また、喘息を持っている友人の様子を見て、自分は喘息ではないのではと思い始め、結局、喘息のお薬はやめてしまいました。そのうち、全速力で自転車を走らせた時に心臓がバクバクして、冷や汗をかいて、このまま死んでしまうのではないかという経験をしました。そこで、予定していた受診日を早めてもらい、先生に診ていただいたところ、やっと心エコー検査をしましょうということになりました。そしてCTEPHの診断に至りました。その時には最初にアレルギー科の先生に相談してから約半年が経っていました。
村上さん:CTEPHと診断された後はどうされましたか?
大野さん(夫):CTEPHという病気を知りませんでしたので、インターネットで検索している中でPAHの会を知りました。そして専門の先生を紹介してもらったのです。
発症から受診、受診から確定診断までにかかる時間
患者さんに対する聞き取り調査
村上さん:桑原先生、CTEPHの患者さんが症状を自覚されてから確定診断までに実際どのくらいの時間がかかっているのでしょうか?
桑原先生:私たちはこれまで28人の患者さんに対して聞き取り調査をしています。そこから分かったことは、症状が出てから医療機関を受診されるまでの時間は人によってまちまちだということです。常に症状がある方は比較的早めに受診されるのですが、大野さんのように時々症状が出るという方は受診が遅くなってしまいがちなようです。そして、初めて受診されてからCTEPHと診断されるまでに、3年以上かかったという人が3割程度もいました。逆に1年未満という人も3割程度いたのですが、いずれにせよ全体的には2年弱とかなりの時間がかかっています。皆さんは当然近くのクリニックや病院を最初に受診されるのですが、そこから専門の施設に至るまでに時間がかかっていました。最初は喘息と診断されてしまったり、あるいは心臓が悪いことは分かったとしても、医師側もなかなかCTEPHという病気が頭に浮かばないため、診断までに時間がかかったというケースが少なくないのです。
確定診断までに時間がかかる医療従事者側の要因
村上さん:診断にたどり着くまでに時間がかかってしまうことの医療従事者側の要因は何でしょうか?
桑原先生:まず、CTEPHという病気は医師にとっても経験することが少ないため、CTEPHを疑い必要な検査をしていなかったことが考えられます。しかし、CTEPHの治療薬ができて、細いカテーテルを使ったBPA(バルーン肺動脈形成術)ができるようになったここ数年で状況は大きく変わってきていると思います。以前はPEA(肺動脈血栓内膜摘除術)ができる医師は日本に数名しかいませんでしたが、最近はPEAを実施できる医師が増えてきて、多くの施設で実施可能になりました。 そのような中で、大野さんが心エコー検査をきっかけにCTEPHだと診断されたと聞いて希望が持てました。おそらく心エコー検査を担当した検査技師が肺高血圧症に気付いて、医師へ報告したことで診断されたのだと思います。心エコー検査は息切れや動悸に対してよく行われる検査ですが、病気を知っていれば、肺高血圧症を見つけ出すこともできるのです。私たちは⻑野県内で、こうした検査技師を対象とした啓発活動を続けています。
村上さん:患者さんには、先生に躊躇なく自分の状態を正直にお伝えくださいと申し上げたいですね。「そのお薬を飲んでも症状がよくならない」ということは言ってよいのだと思います。
早期診断・早期治療の重要性
早期診断・早期治療の重要性
村上さん:それでは桑原先生、どうしてこの病気は早期診断、早期治療が重要なのでしょうか?
桑原先生:CTEPHは慢性的に進行していく病気です。最初は軽い息切れだったとしても、月単位でどんどん悪くなっていきます。体の中では肺の血圧が上がっていって、心臓への負担が大きくなっていきます。そして歩けなくなると体力が落ちて、筋力が低下するという悪循環に陥ります。基礎体力は、手術をした後の回復力にも影響してきます。重症化してからでは、改善するまでに時間がかかったりと治療効果にも影響するため、早期診断して治療薬を飲み始める、そして手術が必要であればできるだけ早く実施することが大切なのです。 また、患者さんにとって吸入器から酸素を吸っているのを人から見られること、重い吸入器を持って歩くことは大きな精神的・身体的な負担になります。できるだけ早く診断して、治療を開始することで酸素療法が要らない状態をある程度は維持できますから、その点でも早期診断・早期治療には大きな意味があると思います。
大野さん:私も、もっと早く診断してもらって早く治療を始めていれば、今のように24時間の酸素吸入が必要なく、もっと質の高い生活が送れたかもしれません。
CTEPHと診断された患者さんの思い
村上さん:大野さんご夫妻は、CTEPHと診断されてから専門の先生にたどり着くまでにどのような思いを持たれていましたか?
大野さん:最初に診断された病院で、肺高血圧症という病気で余命3年と言われました。実際、少し無理すると意識がなくなってしまうような状態でしたから、本当に不安でした。もう将来の人生を諦めないといけないなと落ち込みました。
大野さん(夫):家に帰って、インターネットで調べても、最初は素人には難しい疾患のサイトや患者さんのブログくらいしか見つかりませんでした。やっとPAHの会にたどり着いて、そこに書き込みをしたところ、村上さんから電話をいただいて、大学病院の専門の先生を紹介してもらったのです。その間は病気のことを知るのに無我夢中で、全く余裕がない中でなんとか立ち向かっているという感じでした。
私たちは運よくPAHの会にたどり着きましたが、もっと簡単にPAHの会などの患者会につながることができる仕組みがあれば、患者さん自身でCTEPHの情報を得ることができるようになると思います。
どのようにして確定診断までの時間を短縮するか
時間を短縮するために
村上さん:桑原先生、どのようにしたら確定診断までの時間は短縮できるのでしょうか?
桑原先生:息切れは心不全による症状であるという重要な事実があまり知られていないようですので、もっと息切れの重要性について知っていただくための活動が必要です。また、非専門の先生にも意識してもらうためにCTEPHの疾患啓発も大事だと思います。
村上さん:患者さんに対しては、肺の病気である肺高血圧症が原因で心臓に心不全が起こって、それで息切れが起きている、というところからお伝えする必要があると思います。 患者さんの立場からは、この病気の早期診断のために何ができるとお考えですか?
大野さん:この病気の最初の症状を表現するのは難しいですよね。「何か変」としか言いようがなくて。そこを、患者自身が息切れの危険性をよく知り、診察してもらう先生にきちんと「こういう時にはなんともない、こういうことをすればこんなになる」などとできるだけ具体的に、冷静に伝えられるようになるとよいと思います。
大野さん(夫):家族も息切れについてよく知っておいて、周りからも状態を確認しながら早めの受診を促すことも大事なのかなと思いました。いつもとの違いを聞く、本人の動き方を注視していくなど、周りにできることもあるのだと思います。そして、先生への説明の時にも一緒に行くことで力になれるのではないでしょうか。患者さんの状態が客観的にきちんと伝われば先生も正しい判断をしやすいと思います。
桑原先生:息切れをテーマにした市⺠公開講座を実施したことがありますが、残念ながら、なかなか人が集まりませんでした。要するに、息切れ=病気というイメージが、一般の方にはあまり浸透していないと思います。しかし、最近はテレビ番組などでも心不全や息切れが取り上げられるようになってきましたので、テレビの影響力にも期待しています。
私たち医療従事者側も、肺高血圧症、そしてCTEPHという病気について情報を共有し、できるだけ速やかに診断につなげていきたいと考えています。さらに、地域において肺高血圧症を治療する施設をセンター化するなどしてレベルの高い医療を提供できるようにしたいと思っています。
大野さん:この病気についてはその病院に行けばよいと決まっていると、私たちも安心ですね。
患者さんへのメッセージ
村上さん:早期診断のためには、まずは患者さん本人や周りの人たちも息切れの危険性を知っておく必要があるというお話でした。この時代、インターネットで調べれば息切れと関連する病気が分かります。その中に肺高血圧症がある訳です。みなさんが息切れを感じたら、躊躇することなく医療機関を受診するようになればよいと思います。
桑原先生:そうですね。息切れを自覚したら、できるだけ早く医療機関を受診し、心エコー検査など適切な検査を受けていただきたいと思います。私たちも、肺高血圧症の速やかな診断・治療のためにこれからも努力を続けていきます。
村上さん:今日はありがとうございました。