患者さんインタビュー

Vol.1症状の発現から診断を受けるまで

症状が出てから、診断されるまでには長い道のりがあった

細貝選手:実際に会うのは今日が初めてですが、畑尾選手が重病を乗り越えてプレーをしているという話は聞いていました。ある日突然、症状が出たのですか?

畑尾選手:最初は突然に、胸が痛くなりました。僕は大学4年生で、キャプテンを務めていた上にシーズンも始まったばかりだったので、練習を抜けるわけにはいかないという気持ちが先行していました。

細貝選手:それでもプレーを続けることに?

畑尾選手:はい。でもずっと息苦しさが続いて、コンディションが上がらなくて、そしてせきが止まらなくなりました。

細貝選手:病院にはすぐに行ったのですが?

畑尾選手:最初に痛みが出てから3か月後の5月に、「これはさすがにおかしい」と思って内科にかかりました。ずっと痛いというよりも、息が上がって苦しいので、体が肺を動かそうとして、それで背中の筋肉も張ってしまうような感じでした。胸の痛みは後から出てくる感じで、寝られないこともありました。

細貝選手:最初、「肋骨が折れている」って思ったそうですね。

畑尾選手:はい。先ほどお話しした5月に内科にかかる前、最初に痛みが出たときは近所の整形外科に行って、胸部のレントゲン写真を撮ってもらいました。そうしたら肺の下半分に水がたまっていると言われて、その水を抜くために、その日のうちに大きな病院に行ったら、入院しなさい、と。シーズン中だったのでためらっていたら、「君、30%くらいの可能性で、死んでいてもおかしくなかったよ」と言われて。さすがに怖くなりました。

細貝選手:そこから急展開が?

畑尾選手:入院して、たまっていた水を抜いてもらったのですが、すぐには原因が分かりませんでした。

細貝選手:入院後は、すぐに練習に戻りましたか?

畑尾選手:はい、戻りました。水を抜いたら、せきも息切れも少し楽になったので、大丈夫かなという感じでした。

細貝選手:その後の経過は?

畑尾選手:しばらくはいろんな検査を試しながらサッカーを続けていたのですが一向に原因が分からず、ベストコンディションにはなりませんでした。

細貝選手:それで他の先生に診てもらうことになったんですね?

畑尾選手:はい。家族には疲労回復の食事にしてもらうなど、考えられることはしていましたが、一向にコンディションが良くならないので、内科で診てもらうことにしたのです。次に受診した呼吸器科で慢性肺血栓塞栓症だと診断されて、そこから大学病院の呼吸器科へ行き、最終的には、手術を受けることになる病院の循環器科を紹介してもらいました。

病名を知らされたとき、「どういう病気なんだろう」と思った

細貝選手:慢性肺血栓塞栓症という重病だと分かった時、どのような状況だったのですか?

畑尾選手:その時はちょうど、全日本大学サッカー選手権の準決勝と決勝戦の間でした。試合で動くことはもうできなくなっていたので、出場できなかったのですが、決勝で少しでもピッチに立ちたいと思って、練習は続けていました。でも診断がついた時点で、薬を飲み始めることになるためプレーはできないということが決まっていました。実際、翌年の9月に手術を受けるまでは、サッカーをすることができませんでした。

細貝選手:病名を知らされた時、どのように思いましたか?

畑尾選手:まず、「どういう病気なんだろう」と思いました。説明されても、あまりピンとこなくて。どうすれば決勝戦に出られるのかばかりを考えていましたね。

細貝選手:選手であれば、たとえ怪我をしても、どうしてもピッチに立ちたい、隠してでもやりたいと思うのは当然ですよね。でも、そのときの畑尾選手は気持ちだけで乗り越えるレベルを超え、体も限界にきていたのでしょう。過酷な状況を乗り越えて今があると思うと尊敬します。